きろく

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ASMR

俺には寝る前の儀式があった。

 

シングルサイズのベッドに寝っ転がったら、

スマホYoutubeにアクセスして、ワイヤレスイヤホンでASMRの動画を聴きながら眠る。

毎日流している動画は一緒で、「ASMR 絶対眠れる!耳かき」という耳かきの音が入ったものだ。

名前の通り、これを流していると俺はすっと眠れるので、

この動画を見つけてから2ヶ月以上この動画を流しながら眠っていた。

8時間もあって広告なし。

いつ寝落ちしても大丈夫な、俺にとって完璧な動画だった。

 

この日もいつものようにイヤホンをつけ、電気を消し、「儀式」の準備をする。

スマホの画面には、(おそらく)若い女性のものであろう、

コーラルピンクの少し長いネイルが施された真っ白い綺麗な手が、

綿棒のケースに手をかけ、ケースを開こうとしている様子、

そして真ん中にはなんだか高そうなマイクとレコーダーが映っていた。

耳元でかぱっ、と綿棒の蓋が開く音がする。

この音も好きなんだよな、なんて思いながら

スマホの光る画面を下にしてベッドサイドに置いて、目をつむった。

 

綿棒でゴソゴソと耳を擦られている音を聞くと、

なんだか耳の周りがホワホワと暖かくなってくる気がする。

これは錯覚なのだろうけど、これがものすごく落ち着くのだ。

気付いたらいつも眠りに落ちてしまう。

この日も再生してすぐ、意識を手放してしまった。

 

 

だけどこの日はいつもと違うことがあった。

 

 

 

 

ゴポポポポ

 

耳元でそんな音がして、ぱっと目を覚ました。

眠りに落ちてからどのぐらい経っただろうか。

わからないが、カーテンから光が漏れていないところを見ると、まだ深夜のようだ。

 

ゴポポ…ガリガリガリガリ

大量の水が排水溝に吸い込まれていく時のような音と、なにかをせっかちに引っ掻くような音がイヤホン越しに聞こえてくる。

この動画に、こんな音あったっけ。

寝ぼけながらも、手さぐりでスマホを掴んで画面を目を細めて見て、目を疑った。

 

ゴポッ…ヒューヒュー…ガリガリ

そこには、60くらいの老いた男が映っていた。

大きなカッターみたいな刃物を自分の喉に当てて、すごい勢いでガリガリと引いている。

はっきりと見開かれた血走った目と、バッチリと目があった。口をパクパクさせているが何も声は聞こえない。

その代わり、喉の切れ目からはゴポゴポと赤黒い血がどんどんと吹き出し、時々ヒューヒューという息が漏れるような音がしている。

すぐに老人の腕は動かなくなり、ゴポゴポッという音と刃物が落ちてカンカンと高い音を立てた。

 

なんだ、これは。

突然のことに恐ろしくてどうしていいかわからず、スマホもイヤホンも床にぶん投げて、布団を頭からかぶって寝た。

そのあとは朝まで一睡もできなかった。

 

 

それから起きて、スマホを触るのも恐ろしかったけど、

恐る恐る視聴履歴を見たら、そんな動画なんて存在してなかった。

「ASMR 絶対眠れる!耳かき」にもそんなシーンなかった。

誰に話しても、寝ぼけてて悪夢とごっちゃになってるんだよ、と言われたけど

俺は確かにハッキリとあの音と、爺さんのあの眼差しを覚えてるんだよね

 

初恋のひと

実家に帰ってきた。

大学を卒業し、新卒で就職した会社は、パワハラやセクハラが当たり前のいわゆるブラック企業だった。

まんまと上司のハラスメントのターゲットになった私は、どんどんと身も心も削られ、

2年勤めている間にすっかりまとまった睡眠をとれなくなっていた。

退社を決意した頃には、入社したときから10kgも体重が落ちていた。

ようやく会社をやめたものの、すぐに転職活動などする気も起きず、

「とりあえず、帰ってきたら?」という電話での親の一言に甘えて、

新幹線に数時間揺られ、田舎の実家に帰ってきたのだった。

 

 

すっかりやつれた私を、両親はやさしく迎えてくれた。

上京してすさんだ一人暮らしをしていたので、決まった時間に一汁三菜のご飯が出てくるというだけでも、

ありがたくてたまらなかった。

 

しかし、両親へありがたみは感じるが、私はふるさとにはなんの思い入れもない。

どちらかというと、なんでもある東京の方がずっと刺激的で、代わり映えのしないこの田舎は退屈だった。

近くには、スーパー、ドラッグストア、コンビニのような必要最低限のお店と

10分くらい車を飛ばせば、つまらないチェーン店ばかりが入ったショッピングモールがあるぐらい。

1週間もいれば、すっかりこのぬるま湯の実家生活にも飽きてしまった。

 

 

ある日、暇を持て余しているので、久しぶりの車の運転の練習も兼ねて

「つまらない」ショッピングモールにでも行ってみるかと思いついた。

 

ショッピングモールの中は、予想通り、特に珍しいものなんて何もなかった。

車で移動してみても、改めてこの田舎にはなんにもないんだな、ということを再認識しただけだった。

 

モールの中で、ベビーカーを横に止めて、小学生ぐらいの子供にアイスクリームを食べさせている母親を見かけた。

一瞬だし、子供連れなんてたくさんいるのに、私にはすぐそれが誰かわかった。

中学の同級生のB子だった。

中学生の頃、私はいじめに遭っていた。

内容は暴言だけでなく、教科書を破られたり、財布や制服や下着を盗まれたり、動物の死骸を机に入れられたり。

その主犯格がこいつだった。

そういえば、中学の頃から私って、いじめられてたんだな。

B子の姿がハラスメント上司と重なり、口の中がじわりと苦くなった。

B子と目があったような気がして、あわてて目をそらしてその場を立ち去った。

中学生の時のいじめのことなんて、しばらく思い出すことなんてなかったのに、

B子の顔を見たらその時の光景が、気持ちが、ありありと浮かんできた。

なんであいつが子供二人もいて、幸せそうにニコニコ暮らしているんだろう。

なんで私は、相変わらずいじめられっぱなしなんだろう。

いや、あいつなんかずっとこんなつまらない田舎に一生閉じ込められて死んでいくだけなんだ、

こんなに若くして子供が二人もいるなんて、選択肢がなくて可哀想、私とは違う…

悔しさがどんどん滲み出てきて、とにかく早くここを出たい、と思った。

駐車場に向かう足取りが早足になる。こんなところわざわざ来なきゃよかった。

 

駐車場について、車を探す。こんなにつまらないところなのに、駐車場はほぼ満車だ。

どこに停めたっけ、とひとりごとを言いながら歩いていると、

「Aちゃん」

突然、私の名前を呼ぶ声がした。

声の方を見ると、男性がいた。誰かわからない。なぜ私の名前を知っているのか。

ぽかんとしていると、「Aちゃん」とさらに大きな声で、また彼は私の名前を繰り返して駆け寄ってきた。

「…はい?」

気づけば、数週間、両親以外とは会話していなかった。どのような態度をとっていいのかわからず、しばらく無言になってしまったもののようやく出た言葉だった。

「Cだよ、中学の同級生の」

彼はニチャアと粘着質な笑みを浮かべる。

そういえば、Cっていたような気がするが、ほぼ記憶にない。

いじめられてもいないけど、いるかいないかわからないような男子。そんなポジションのやつだったような。

「あ、ああー、Cくんか」

なんとなく気まずくて、覚えてるよ、みたいな声のトーンで返すけれど、私が彼のことを覚えていないのは明らかだろう。

それにB子を見かけたばかりで、中学のことはもうこれ以上思い出したくないと思っていたところだったのに。

かまわず、Cはまっすぐに私を見つめて話を続ける。

「Aちゃん上京したって聞いていたけど帰ってきたんだねびっくりだよ」

私が返事をしていなくてもベラベラとCは話し続ける。

まばたきもせず、ずっと私を見ている。こいつこんなに話すやつだったっけ。

それになんで私が上京したこと知ってるんだろう。

「Aちゃんあまり変わっていなくて安心したよ中学の時より少し痩せたかな?」

だいたい中学の同級生で私を「Aちゃん」なんて下の名前+ちゃんづけで呼ぶようなやつなんていなかった。

なんだか居心地の悪さだけでなく、このCに対して気持ち悪さも感じてきた。

「Aちゃん中学の時はいじめられててほんとにかわいそうだったよね机にネズミ入れられたり」

無神経なことを言われているが、そんなことも耳に入らず、とにかく帰りたいの一心であった。

Cがマシンガンのように話している間に、目の端で自分が停めた車も見つけることができた。

これは早く切り上げよう。帰って、ゆっくりお風呂でも入ろう。

「…そろそろ帰らないと、ごめんね」

「Aちゃんに会えるなんてうれしいなあ」

独り言のようにCはつぶやいた。

こいつは話を聞いているのだろうか。

ただでさえB子を見かけてからずっと苛々していたので、黙って会釈すると

そそくさと踵を返して自分の車の方へ走った。

その時、

「Aちゃんは俺の初恋の人なんだよお」

突然、Cが私の背中にむけて大声をあげた。

ドラマなら感動するようなセリフなのかもしれないが、私にとってはほぼ赤の他人である。

文字通り、背中が凍りつくかのように二の腕まで鳥肌が立つのを感じた。

背中にCの視線を感じてはいたが、そのまま振り向かずに車に乗って

たまにミラーも確認しながら、急いで家に帰った。ハンドルを持つ手が、少し震えていた。

Cの車は尾けてきていないようだった。

 

 

ほんの少し遠出しただけで、これだけの嫌な思いをするということを思い知った私は、

そのあとは、とにかく実家に引きこもっていた。

数日もすれば、蘇ってきた中学時代の嫌な思い出も忘れて過ごすことができた。

毎日携帯でマンガを読み、ゲームをし、親のご飯を食べて、お菓子も食べて過ごし、眠くなったら眠る。

自分をとことん甘やかす生活を送っているうちに、不眠は改善されていた。

 

 

 

そんなある日、いつものようにソファに寝転がり、携帯でマンガを読んでいたところ

 

ピンポーン

 

インターフォンが鳴った。

母親は2階で何かしているようで、すぐに降りてきそうにない。代わりに出ることにした。

「宅配便でーす」

玄関のドアをを開けると段ボールを持った●●急便の男性が立っていた。

段ボールを受け取り、サインをしようと男性からペンを借りて伝票に名前を書こうとした。

その時。

「相変わらずいい匂いだね」

 

自分の頭の上で、低い声がした。

状況が把握できず、とっさに身体をびくっと奮わせると、

配達員の男性が、私の髪に顔を近づけて匂いを嗅いでいた。

配達員はニチャアと笑った。

キャップとマスクの間から見えるその細く歪んだ目は、間違いなくCのものだった。

唇の間からギャア、と反射的に細く短い叫び声が漏れ、慌てて飛び退いた。

「やっぱりここがAちゃんの実家だったんだね苗字見てそうかなと思ってた」

この前と同じく、まばたきもせず私を見つめて一方的に、心から嬉しそうに彼はつぶやいた。

私の叫び声を聞きつけてか、母親が玄関に早足でやってきた。助かった、と思った。

「あ、どうも〜」

Cを見つけた瞬間、笑顔で会釈する母親。

「どうも。失礼します」

笑顔で会釈を返し、Cは何事もなかったようにドアを閉めて去っていった。

どうなっているんだ。

 

その後、母親から聞くと「あの配達員さんいつもすごく感じが良いのよ」と嬉しそうに言っていた。

母親には、モールで起きたことや今のことを話し、今後もしCが来ても、

私のことを聞かれても何も話さないように、できれば配送の担当を変えてもらうように、釘を刺しておいた。

 

 

 

 

Cの配達事件の数日後、どこにも自分の落ち着ける場所がないかのように感じた私は

東京の自分の一人暮らしのマンションに帰ることにした。

新幹線の車窓から東京のネオン街を眺めていると、

やっぱりこっちのほうがいいな、と心が軽くなっていくような感じがした。実家に向かう時はあんなに心が重かったのに。

 

 

ほどなくして転職活動をスタートし、数社面接を終えて、へとへとで家に帰ってきたある日。

マンションのエントランスにある郵便受けの鍵を開けて手を突っ込むと、いつもとは違う感触があった。

郵便受けにみっちりと、何かが詰まっている。

小さい郵便受けに無理やり突っ込んだように、白いビニール袋が入っている。

なんとかその袋を引っ張り出す。袋には宛先も、何も書いていない。嫌な予感がする。

おそるおそる、袋を開けてみると

そこにはところどころ黒く煤けて、色あせた布がたたまれて入っていた。

 

袋をひっくり返し、床にぶちまけた。

その瞬間、私の心臓はドクンと大きく音を立てた。

それは私の中学の時に身に付けていた制服のスカートと、スポーツブラジャーだった。

そして、ひらりと紙が一枚床に落ちた。そこには

 

「むかえにきたよ C」

と書かれていた。

 

 

 

私はすぐに遠い町に引っ越した。

実家にはまだ、帰れていない。

「テッド・バンディ ~連続殺人犯を愛した女~」(Amazonプライム)★★★★★★★★★☆

2020.07.13 「テッド・バンディ ~連続殺人犯を愛した女~」をAmazonプライムで視聴した。

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Amazon.co.jp: テッド・バンディ ~連続殺人犯を愛した女~を観る | Prime Video

 

Amazonプライムオリジナルのテッド・バンディのドキュメンタリーシリーズである。

Netflixにもテッド・バンディのドキュメンタリーがあるが、こちらとは別物。

こちらの方がずっとよくできていて、なのに有名ではないようなので、ぜひ紹介したい!と思い記事を書く。

このシリーズは、5話にわたるドキュメンタリー(1話は1時間にも満たない長さ)であるが、あまりに惹きこまれて一気見してしまった!

あと、注意としてなぜか字幕がついていない状態で再生されることがあるのだが、日本語字幕を設定すればきちんと表示されるので英語がわからない方でも安心して見られます(追記)

※ぜひ見て欲しいのでネタバレはしません。

 

 

タイトルの通り、この話は女性ばかりを狙った連続・猟奇殺人犯であるテッド・バンディにまつわる女性のインタビューを中心に構成されている。

彼の特徴は、裏ではたくさんの女性を誘拐・凌辱・惨殺しておきながら、表の顔は非常に温和かつ賢く、モテる魅力的な男性であったということだ。

裁判では自分の頭の良さを生かして、弁護士をつけず自分を弁護したことでも有名。

このドキュメンタリーは彼の犯行についても、時系列も含めハッキリと非常にわかりやすく説明されているため、事件についてまったく知らない人でも興味深く見られると思う。

 

 

インタビューの中心人物は、長年彼の恋人であったエリザベスと、その連れ子で、バンディに実の娘のようにかわいがられたモリーである。

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そのほかにも、バンディの弟や、被害者遺族や友人、凶行からなんとか生還した女性たち、捜査で活躍した女性たち、バンディの仕事仲間など、多数の人物(主に女性)が登場する。

1970年代からの時代背景や女性の扱いの変化も交えて、ドキュメンタリーは進んでいく。

凶行におよぶ前のバンディとエリザベス、モリーの3人の幸せな生活。

近所で女性の誘拐や惨殺が続き、少しずつ、しかし確実に、バンディとの生活に違和感を覚えはじめるエリザベスとモリー

実際にバンディに凄惨な暴行を受けたことを詳細に語る、今でも重い障害を持った女性。

当時「女性にはふさわしくない仕事」とされながらも、殺人鬼を決死の思いでなんとかしとめようとする女性警官たち。

犯人がバンディだったことに気づき、愕然とする周りの人びと。

などなど、すべての情景や感情が実際の人間の発言によって、色濃く、とても生々しく描き出される。

小さなエピソード1つ1つをとっても、現実とは思えないようなショッキングな内容が多い。

 

 

このドキュメンタリーから、バンディは数え切れないほどの女性を凌辱し、惨殺してきたが、その人たちだけではなく、もっともっと多くの人生を破壊してきた人物だということがわかる。

どの人物のインタビューにも、悲しみ、怒り、「あのときこうしていればよかった」という後悔があった。それはすべての人にとって一生消えないものとなっている。

特にエリザベスの娘であるモリーによる、「愛していた父親同然の人物が、実は世界一の悪魔であった」ことがどれだけのショックであったかを語るシーンはとても辛い。

だが、エリザベスもモリーも、もがき苦しみながらもなんとか前に進もうとしている。

最終話ではモリーが、トラウマにも負けず、非常に勇敢かつ、強く聡明な女性に成長したことがわかるシーンがある。

彼女は最後に、いちばん賢く、いちばん勇気があり、いちばん母親想いの行動をとるのだ。

このシーンには心が震えた。ぜひ見て確かめて欲しい。

ほかにもこのような悪夢を乗り越え、夢を叶えた女性や、強く生きる人々の姿がこのドキュメンタリーには描き出される。

これは単なる犯罪ドキュメンタリーではなく、彼に欺かれたり、傷つけられた女性たちが、どうやって自分の人生を取り戻し前に進むかという物語なのである。

 

 

このドキュメンタリーの最後にエリザベスは「このドキュメンタリーが、バンディに関わる最後の機会になればと思う」と言う。

私も本当に、心からそう祈っている。彼女たちがこれからもずっと平和に暮らして、自分の人生を取り戻して欲しい。

同時に、このような悪魔が二度と生まれないことを心から祈っている。

 

 

 

 

(余談だが、Wikipediaには、バンディが「エリザベスの家で生首を1つ燃やしている」と自白したことが書かれている。

このことについてドキュメンタリーで触れられることはなかったが、きっとこの事実を知った時は耐えがたいショックだっただろう。

恋人もそうだが、少女のいる家でそんなことをしていたのかと思うと…腹の底から怒りがこみあげてくる。)

「礼讃」木嶋佳苗 ★★★☆☆☆☆☆☆☆

2020.05.31 「礼讃木嶋佳苗を読んだ。

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首都圏連続不審死事件 の犯人の自伝。

事件について詳しく知らない方は上記のWikipediaのページを見てほしい。

事件当時、彼女は「魔性の女」としてセンセーショナルに報道された。

 

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木嶋佳苗

彼女は、逮捕される前だけでなく、

収監された後もなんと3回も結婚しているそう。

直近の結婚相手は週間新潮のデスクである。

よく調べると、相手は取材目的ではなく、

離婚してまで結婚し、彼女のことを一生記事に書かないと約束しているそうな…。

犯罪者の本を買うのは気が進まないものの、

彼女はどんな人なのか?気になり自伝を読むに至った。

(巻末によると、この本の印税は慈善団体に寄付されるとのこと)

 

一言で言うと、感想は「長かった」。

始めに「文章力には自信がない」と書いているものの、

描写も細かく、教養を感じさせる読みやすい文章ではある。

 

それでもなぜ、長く感じるのかというと

いくらなんでもこれはウソだろう、みたいな話が沢山あり、

疑いながら読み進めていかなくてはならないからだ。

この本の大半がウソなのか?本当なのか?わからないことばかり。

 

そして、彼女は無罪を主張しているため、事件に対する描写はない。

長年付き合っていた人が亡くなっても描写は数行。

「なんか死んだ」みたいな文章で、逆に不自然に感じる。

 

あと自分の身体がすごい!ということを自慢したいがためと思われる

官能小説のような性的描写が長くて、そこは斜め読みしました。

 

そんな感じの話なので、矛盾を感じたところも突っ込みつつ、

がっつりネタバレしてあらすじを紹介しようと思う。

ネタバレを読みたくない方は下記のあらすじは飛ばして読んでください。

 

【あらすじ】(ネタバレあり)

 

主人公、香奈は温厚で本好きの父、厳しいピアノ講師の母の間に生まれる。

彼女は長女であり、妹2人、弟1人の4人きょうだい。

8歳で初潮を迎える。

父には優しく育てられるが、母にはこっそり布団たたき棒で叩かれたり、虐待される。

体重が増えてきたことを母に厳しく指摘され、

毎日食べたものやウエスト、体重を記録される。嫌味も言われまくる。

小学5年のとき、ヤマギシ会の合宿で東京の雅也くん(中2、イケメン)と出会う。

子供なのにめちゃくちゃ高度な会話する。ユングフロイトの話しをする。

(ここらへんから早くも話が一気にウソくさくなってくる)

手をつなぐどまりで終了。文通や電話をする仲になる。

高校生になり、母からの虐待を父に告白。

受験もあるので、父方の祖母のもとに住むことになる。

予備校の合宿で札幌に行く。

ホテルの朝食で東京のサラリーマン徹さん(自称32才、イケメン)と出会う。

美味しいものたくさんおごってもらって、夜処女喪失。

その後エッチしまくって付き合うことになる。

(ここらへんから自分の身体がすごいという自慢はじまる。聞いてないのに

ホテルでちゃっかり健ちゃん(東京在住、年上のガテン系会社員)にもナンパされて文通をはじめる。雅也くんとも文通継続。

地元に帰っても徹さんとの遠距離恋愛は続き、月2回くらいで会いに来る。

いろんなところでエッチする。性描写が続く。長い。

文通している男子たち、および徹さんからたくさん美味しいものがお土産で送られてくるが、

なぜか祖母は全然気にしない。

母が事故にあい、片足を切断する。

徹さんと、香奈の近所のピアノの先生がなぜか気づいたら仲良くなっている。

徹さんから、ピアノの先生の通帳をなぜか渡され、

なぜか「先生の旦那さんにこっそりお金をおろしてくれと頼まれたので、代わりに窓口行って来て」と言われる。

言われた通り、窓口で数百万円おろし、徹さんに渡す。

また数百万円おろそうとしたところ、窓口で警察に捕まる。

(これは、本当は本人がピアノの先生の通帳を盗んだのではないか?と思う)

私的にはここがこの本の山場。

父が迎えに来て、人生で初めて温厚な父にマジギレされる。

徹さんとの関係もバレ、徹さんと父が会い、もう会わないという念書を書かされる。

名前も偽名で、年齢も実は42歳ということが判明。連絡も一切とれなくなる。

家庭裁判所行きになり、受験どころではなくなる。父が800万円弁償することになる。

(本当は徹の指示であれば、なんで徹が弁償しなかったのか?)

失恋のショックで大学受験へのやる気がなくなるが、実家からは離れたいので

KFCの社員として東京で就職する。ずっと文通していた健ちゃんと本格的に付き合うことに。

KFCでは受注ミス、調理ミスを繰り返すがなぜかイケてる存在として一目置かれていたらしい。

働きたくないので3か月でやめる。

健ちゃんと同棲するが、雅也くんをアッシーとしてこき使いつつも、家族ぐるみの付き合いをする。

ピアノ講師をはじめて、1人の生徒であるお金持ちのおじさんをパトロンにする。

おじさんとは手もつないでいないので、なぜか奥さんとも家政婦とも仲良しに。

プラチナカードでバンバン物を買ってもらう。

高級デートクラブにスカウトされ、性的サービス込みでパトロンを複数ゲット。

おいしいものを沢山食べる。

以後、本命彼氏であるはずの健ちゃんはあんまり出てこなくなる。

この頃は余りにもたくさん男性の名前が出てくるため、

この人、どの人だったっけ!?と読んでいて混乱する。

大学生の数学が得意なたっくんをゲット。健ちゃんから乗り換える。

一番下の妹と同居を始める。

イクラスなおじさんたちと、大学生としか付き合っていないため、

その中間の男性を勉強するため(???)、池袋の安いデートクラブでも働く。

ネットオークションの詐欺で捕まるが、本当はこれの真犯人は一緒に働いていた女性。だから女って嫌い。(????)

父が事故死。

周りの男性もなぜか連続で死ぬ。雅也くんも死ぬ。

なぜか偽名を名乗り、お金をもらわず、

むしろ払って、関谷さん(イケメン、バス釣り好き)というモラハラ彼氏と付き合う。

関谷さんの父の介護をしてまで10年付き合い続ける。

捕まる。

あとがき

母にこの本のことを教えたら激怒してたけどざまあみろという感じ!

お茶やらお菓子やら普通に食べられるけど、東京の刑務所の待遇は気に入らない!

日本の女性死刑囚は歴史上14人だけど、今まで執行されたのは2人だけだからほぼ無期懲役ってことだよね!ラッキー!

 

【感想】

 

上記の通り、この本は自己弁護と、誇張した自慢話が非常に多い。

 

本を読んで、私が「これは本当かも」と感じる部分は、

・母に虐待されていたということ。

・幅広い知識があり、教養があること。

・育ちは良く、料理がうまいこと。美食家であること。

である。

 

母からの虐待の部分は読んでいてもしんどくなるほど詳細で、

体重を管理されるくだりはかなりキツイ。

自分の見た目をこんな風に親から幼い頃に否定されたら、この後の人生に影響することは必然のように思う。

彼女の強い「ありのままで、たくさん愛されたい」という欲望は、

このときに芽生えた自信のなさからきているんだと思う。

 

教養や育ちについては、文章から付け焼刃ではないであろうことがわかる。

この本に出てくるご飯は本当においしそうだ。聞いたことないような珍しい料理も出てくる。

余談だが彼女は、字も非常に美しい。

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彼女が普通の人とは感覚がズレていることは、はっきりとわかる。

ついでに言えば、もうここまでの文章でバレているかもしれないが、

私は彼女のことが好きではない。笑

見た目のことではなく、彼女を美しい女性だとは思わない。

なぜ好きでないのか、という理由を凝縮したようなくだりがあるので引用する。

女性は、周囲から浮かないよう、場の空気を読み、突出しないよう気遣いながら、同性と横並びでいようとする。(中略)

女性は、小さな違いを見つけては優越感に浸り、劣等感を嫉妬や憎しみに変えてゆく。そんな女性たちの会話には、情報がない。

自分が男性から選ばれ、他の女性より有利な立場になることと、周囲から浮かず、同じ立場でいることは両立しない。

 

結婚は、一人の男性の専属娼婦になることだ。

彼女がいかに狭い世界で生きているか、凝り固まった思考で生きているかを象徴しているような文章だと思う。ミソジニー的でもある。

徹底的に、彼女の中で、女性は「選ばれる」という幸せしかないのだ。

そんなことを私のような、しがないOLに言われても、彼女は屁でもないだろうが…。

 

 

彼女がなぜモテるのか?という理由については、

本人が考察する通り、おじさん受けする趣味や、多分野の知識があることや、

からしてもらうことを、素直に受け取る(別の言葉で言えば、甘え上手、厚かましい)ことが理由だと思う。

「こんなにしてもらって、いいのかな」という気持ちが彼女には一切ない。

もらえるものはもらう。もらえなくなったら切り捨てる、が彼女のスタンスだと思う。

 

 

彼女についての記事を読むと、ある程度だが、この本のウソがわかる。

本当は、必死で池袋のデートクラブで働きながら、

本当は、やっと捕まえたイケメン彼氏の関谷さんにいじめられても必死でしがみついて、

この本に書かれているようなセレブ生活にあこがれていたのかと思うと

なんともいえない悲しい気持ちになる。

 

 

全体を通して、上品な文章でつづられているが、最後は筆の乱れも目立つ。

母への恨み節や、この事件の被害者男性へかなりキツイ言葉を使うなど、ボロが出ている。

特に被害者男性への言葉はひどいものだ。

常に眼鏡が曲がっているのを気にもせず、ホテル帰りに高速道路を歩いた長野の本宮さんと、

私を軽自動車でリッツカールトンへ連れて行き、四十歳をとうに過ぎていながら、彼女とうまくセックス出来なかったと両親に報告した静岡の村木さん 

 

 

不安になるのは、家族のこともあけっぴろげに書いてしまっているため、

プライバシーは大丈夫かということだ。

きょうだいに関しては中絶したことまで書かれている。

 

 

興味深い本ではあるが、とても人にすすめられる本ではないので★3つ。

実際の事件と照らし合わせて、どこまで本当なのか知りたい。

「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ ★★★★★★☆☆☆☆

2020.05.23「わたしを離さないで」カズオ・イシグロを読んだ。

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こちらの本は映画になったり(視聴済)、日本でも綾瀬はるか主演のドラマになったりしていたので、ご存知の方も多いかと思う。

先に言っておくと明るい話ではない。笑

同じ著者の「日の名残り」同様、繊細な人物描写がすばらしい。想像だけでここまで細かく描ききれるなんて、著者の洞察力や記憶力はいったいどうなっているんだろう。

とにかく文章力に圧倒されてしまう。

ゆえに、(映画で結末を知っているにもかかわらず)読後は登場人物の心情にすっかり引きずられてしまったため、メンタルが落ち込みがちな時はやめておいたほうがいいかもしれない。笑

そうではない人には、たとえ結末を知っていたとしても読む価値のある小説だといえる。

各々に違う余韻を、思いを残してくれる小説だと思う。結末を知らない人は、絶対にネタバレを読まずに読んで欲しい!

 

 

ストーリーは、『介護人』である主人公、キャシーの立場から、生まれ育った施設ヘールシャムでの、親友トミー(♂)とルース(♀)との思い出を懐古する形で進んでいく。

他にもマダムや先生、他の生徒などサブキャラクターは登場するが、メインは3人のみだ。覚えやすい。

ヘールシャムでの生活は、基本、スローかつ穏やかに進んでいく。

子ども故に、キャシーが小さなトラブルでもくよくよ悩んだり、

親友ルースが無駄にイジワルだったり、見栄っ張りだったり…。

小さな出来事が、事細かに描かれながらも、起伏はひかえめなまま、話は進む。退屈に感じる部分もあった。

それが、「うわー、小〜中学生くらいのころこういうケンカあった!こういう無駄にヤな子いたわ!」と、ずっと頭の底にしまわれていた記憶が呼び起こされるほどにリアル!笑

その中で、ヘールシャムで育つ人々がいわゆる「普通」とは違うことが少しずつわかっていく。

 

 

しかし、キャシーが『介護人』になる終盤、第三部から、話は急展開していく。

登場人物の心の波も、どんどん激しく描かれるようになっていく。

バラバラになる3人、ヘールシャムにまつわるある噂、ルースの思い。

そしてその噂を確かめる時、何が起こるのか。

(ネタバレになりそうなので控えめにしておきますが)

これがこの本の山場になるが、ここからが本当に心を揺さぶられてやまない。

その後の車内でのトミーの行動には涙をこらえられない。

最後の一行まで、胸をしぼられるような気持ちになった。

 

 

とにかく、余韻の残る小説。

私がこの本を読んだ余韻の中で考えるのは、

もう戻らない学生時代のこと、もう一生できないであろう経験のこと、

一生会えなくなった友達のこと。

そこにはしっかりとした地平線があって、どう頑張っても行くことはできないこと、

境界ははっきりと引かれていて、狭間はいっさい存在しないこと。

人によってこの「余韻」のかたちは違うと思う。

ぜひ読んで、あなたなりの余韻を感じて欲しい。

 

 

映画版も見返してみたい。たしかルースが本よりもっと嫌なヤツで、もっとつらい話になっていたような気が…。

綾瀬はるかバージョンは、日本に舞台や人名が変更されてるのかな?気になります。笑

「躁鬱大学」坂口恭平のnote連載がすごかった

坂口恭平さんの「躁鬱大学」というnoteの連載を読んで、衝撃を受けたので記事を書きます。

note.com

 

「躁鬱大学」というタイトルではあるが、躁鬱病と診断された人だけに向けた記事ではなく、

全ての浮き沈みが激しい人、多動傾向のある人、飽きっぽい人にオススメ!

読み始めて速攻、「これは自分のことだ」と感じ、読み進めていけば共感しすぎて笑ってしまうこと間違いなし。

(ちなみに私は躁鬱と診断されたことはありませんが、上記3つにはすべて当てはまります。)

あと、自粛期間中で心が敏感になっていたり、気持ちのコントロールが難しくなっている方にも役立つかと!(そういう方には「その9 鬱の時の過ごし方」の記事が一番オススメ)

 

 

通してすべて読むことをオススメしますが、長文を読むのがしんどい、という方は最後の「最終講義」がまとめ的な記事なので、こちら↓と、

躁鬱大学 その17 最終講義/それぞれのあなたへ|坂口恭平|note

連載の中で紹介されている「神田橋語録」だけでも読んで欲しい!

神田橋語録

http://hatakoshi-mhc.jp/kandabasi_goroku.pdf

 

 

自分の感情をうまく操縦するスキルや、的確な休み方、人間関係の構築の仕方、スケジュールの立て方など、あらゆる処世術がたっぷりとこの連載の中に紹介されている。

私は、自分の中の「ああしなきゃ」「こうしなきゃ」が取り除かれてだいぶ楽になった。

例えば、趣味も仕事も、「この道一筋」でなくても良いんだ、「浅く広く」でも良いんだ、とか、自分が「空っぽ」でもいいんだ、とかわかっただけでもすごく心がスッとした。 

コレだけじゃなくて、この心スッキリポイントがこの連載中にあと100個くらいあった。

私と同じように、この記事に共感できる躁鬱人にとっては非常に有益な情報がギュッと詰まっているはず。(逆に、あてはまらない人には、とことんピンと来ないと思う。)

 

 

文章も軽いトーンで進み、まとまっているのでとても読みやすい。

自身の経験談や心情も「ここまで素直に書いていいのかな」というぐらい、赤裸々に語られていてスゴくて、笑える。

たとえば

基本的に躁鬱人は人のために何かをしてあげることが苦手ですので、パートナーはいろんなお世話ができる人がいいと思います。でもお世話だけしてもらっていると愛想尽かされますので、躁状態の時に、時々、いい感じに料理や洗濯、掃除など楽しくできるといいかもしれません。僕はどうにかツイッターで自分はやってます感出して、人に見せびらかせるためだけで、家事をしてますが、そのことで実際に行動はしてますので、妻は文句はないようです。家族のためにやっているというよりも料理本も出しましたので、完全に人に向けて、仕事のためにやってます。ですが、目的はどうでもよくて内容が家事であれば、家族に協力していることになりますので、そうやって目的をすり替えつつ、上手に怒られすぎないように工面していく必要があります。

 素直すぎてすがすがしいです。笑

 

 

この連載を書いた坂口恭平さんという方のことは、このブログでも以前書いた

「自殺会議」 末井昭 ★★★★★☆☆☆☆☆ - きろく

で知った。

この本は自殺にまつわる人たちのインタビュー集で、

坂口さんは個人の携帯の番号を公開して、死にたい人の相談を10年近く毎日聞き続けている方。Wikipediaに個人の電話番号が載っている世界唯一の人らしい)

自身も躁鬱病を患っているそうだが、

相談を聞く他にも、本を書いたり、音楽やったり、絵を書いたり、多方面に超パワフルな方のようだ。アドバイスも超パワフル。

noteの記事だけでなく、他の著書も読んでみたい!

 

とても面白く、感想があふれてきたので、読み終わってまさに躁状態でこのブログ記事を書きました。笑

この内容、このボリュームで無料はすごすぎる。自粛期間中にぜひ読んでみてください。

「日の名残り」カズオ・イシグロ ★★★★★★★☆☆

2020.05.17 「日の名残りカズオ・イシグロを読んだ。

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文庫本で約350ページにわたる作品だが、

やさしく、上品な語り口で終始流れるように進んでいくため、非常に読みやすく、

一気に読んでしまった。

また、語られるエピソードや人物像が、想像上の人物とは思えないほど、

非常にリアルであり、不器用な登場人物たち(特に主人公スティーブンス)を愛おしく思えた。

目をつぶれば美しいヨーロッパの豪勢な建築、田園風景の情景も浮かんでくるよう。

紅茶でも煎れてゆっくり飲みながら読むと、ゴージャスな気持ちになれると思います。笑

 

 

この小説はラブストーリーだ、と思う。

舞台はイギリス。主人公の執事スティーブンスは、一言で言うと「クソ真面目な、ゴリゴリの仕事人間」である。

ダーリントン卿に長年仕えた後、今は新しいアメリカ人の主人に苦戦中。

雇い主にすべてを捧げることが彼の人生の喜びで、同僚にも厳しく、誇りを持って働いている。

頑固であり、仕事以外のことについてはとことん自分を抑えている。

そして、クソ真面目ゆえに、うまくジョークが言えないことに深く、それに深く深ーく悩んでいたりする。

彼のクソ真面目さを表現する一文がこちら。

洒落というものの性格上、思いついてから口にするまでの時間はごく限られておりますから、それを言うことで生じるかもしれないさまざまな影響を、事前に検討し評価することなどできません。

必要な技術を身につけ、豊富な経験を積まないうちは、どういう不穏当な発言をしてしまうか知れたものではありません。

(中略)私はもっと練習を積まねばなりません。

 

スベることに対して、こんなビビる人いる!?笑

 

 

そんな彼が、主人に借りたフォードで一週間の旅に出る。

館での思い出を振り返りながら、旅の中で四苦八苦する。

そして、昔の同僚(女中頭)であるミス・ケントンに会いにいくというストーリーだ。

旅に出る前のミス・ケントンの手紙には、自身の結婚生活がうまくいっていないこと、館でもう一度働きたいことがほのめかされていた。

 

このミス・ケントンであるが、とてつもなく気の強い女性で、

仕事で間違っていることを見つければ、上司であっても絶対折れない。

職場に入ったばかりなのに、スティーブンスと非常に上品な口調(これがまた嫌味っぽい)でケンカしまくる。

(最初の方、正直「こんな人は職場にいてほしくないな!!」と思ってしまいました)

ただその芯の強さも、仕事への真面目さゆえであり、

中盤の外交会議のある重要なシーンでは、彼女の頼もしさが光る。

いがみあいながらも、彼らの間の信頼は強まり、

毎夜、仕事の進捗報告もかねて「ココア会議」を行うようになる。

 

 

ストーリーから一度離れますが、

この小説は、6日間の旅行記の体で語られるが、ある「仕掛け」がある。

この「仕掛け」によって語り手であるスティーブンスの感情がより巧みに表現されていると言える。

この部分のスティーブンスの感情を想うと私は胸が張り裂けそうになります。笑

カズオ・イシグロの作品は「信頼できない語り手(unreliable narrator)」という手法で知られているらしい。

これはつまり、読者は語り手の視点でしか物語を知ることができない。そして語り手は常に真実を、見たもの全てを言葉にするわけではない、という意味だ。

「仕掛け」がなんなのか?「信頼できない語り手」とは?どうしてこの手法がこんなにも感情に訴えるのか?

是非読んで確かめてほしい。

 

 

人生に誰しも後悔というものはあると思う。

その後悔がこの小説のテーマではあるとは思うが、

決して暗い物語ではない。ラストには確かに光がある。

後悔があったとしても、それは人生を無駄にしたということにはならない。

最後の1ページで、あなたもスティーブンスが愛おしくなり、

彼の幸せを祈るでしょう。

 

 

この本を読んだきっかけは、最近見た、「ハーフ・オブ・イット」というNetflix映画。

この映画の1シーン、主人公の女の子がクラス1の美女に恋するシーンで登場するのがこの本である。

 

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 (↑二人が持っているのがこの本)

「ハーフ・オブ・イット」のストーリーと照らし合わせると、この本を登場させた意味がよくわかる。こちらの映画も面白いのでオススメです。


 

映画版の「日の名残り」もNetflixにありますが、結構ストーリーに変更があるので、私は本を読むことを強くオススメします!(堅物なアンソニーホプキンスがかわいいけどね!)

 

 

次は同じ著者の「わたしを離さないで」を読んでみようと思います。(映画は見ました)