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「日の名残り」カズオ・イシグロ ★★★★★★★☆☆

2020.05.17 「日の名残りカズオ・イシグロを読んだ。

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文庫本で約350ページにわたる作品だが、

やさしく、上品な語り口で終始流れるように進んでいくため、非常に読みやすく、

一気に読んでしまった。

また、語られるエピソードや人物像が、想像上の人物とは思えないほど、

非常にリアルであり、不器用な登場人物たち(特に主人公スティーブンス)を愛おしく思えた。

目をつぶれば美しいヨーロッパの豪勢な建築、田園風景の情景も浮かんでくるよう。

紅茶でも煎れてゆっくり飲みながら読むと、ゴージャスな気持ちになれると思います。笑

 

 

この小説はラブストーリーだ、と思う。

舞台はイギリス。主人公の執事スティーブンスは、一言で言うと「クソ真面目な、ゴリゴリの仕事人間」である。

ダーリントン卿に長年仕えた後、今は新しいアメリカ人の主人に苦戦中。

雇い主にすべてを捧げることが彼の人生の喜びで、同僚にも厳しく、誇りを持って働いている。

頑固であり、仕事以外のことについてはとことん自分を抑えている。

そして、クソ真面目ゆえに、うまくジョークが言えないことに深く、それに深く深ーく悩んでいたりする。

彼のクソ真面目さを表現する一文がこちら。

洒落というものの性格上、思いついてから口にするまでの時間はごく限られておりますから、それを言うことで生じるかもしれないさまざまな影響を、事前に検討し評価することなどできません。

必要な技術を身につけ、豊富な経験を積まないうちは、どういう不穏当な発言をしてしまうか知れたものではありません。

(中略)私はもっと練習を積まねばなりません。

 

スベることに対して、こんなビビる人いる!?笑

 

 

そんな彼が、主人に借りたフォードで一週間の旅に出る。

館での思い出を振り返りながら、旅の中で四苦八苦する。

そして、昔の同僚(女中頭)であるミス・ケントンに会いにいくというストーリーだ。

旅に出る前のミス・ケントンの手紙には、自身の結婚生活がうまくいっていないこと、館でもう一度働きたいことがほのめかされていた。

 

このミス・ケントンであるが、とてつもなく気の強い女性で、

仕事で間違っていることを見つければ、上司であっても絶対折れない。

職場に入ったばかりなのに、スティーブンスと非常に上品な口調(これがまた嫌味っぽい)でケンカしまくる。

(最初の方、正直「こんな人は職場にいてほしくないな!!」と思ってしまいました)

ただその芯の強さも、仕事への真面目さゆえであり、

中盤の外交会議のある重要なシーンでは、彼女の頼もしさが光る。

いがみあいながらも、彼らの間の信頼は強まり、

毎夜、仕事の進捗報告もかねて「ココア会議」を行うようになる。

 

 

ストーリーから一度離れますが、

この小説は、6日間の旅行記の体で語られるが、ある「仕掛け」がある。

この「仕掛け」によって語り手であるスティーブンスの感情がより巧みに表現されていると言える。

この部分のスティーブンスの感情を想うと私は胸が張り裂けそうになります。笑

カズオ・イシグロの作品は「信頼できない語り手(unreliable narrator)」という手法で知られているらしい。

これはつまり、読者は語り手の視点でしか物語を知ることができない。そして語り手は常に真実を、見たもの全てを言葉にするわけではない、という意味だ。

「仕掛け」がなんなのか?「信頼できない語り手」とは?どうしてこの手法がこんなにも感情に訴えるのか?

是非読んで確かめてほしい。

 

 

人生に誰しも後悔というものはあると思う。

その後悔がこの小説のテーマではあるとは思うが、

決して暗い物語ではない。ラストには確かに光がある。

後悔があったとしても、それは人生を無駄にしたということにはならない。

最後の1ページで、あなたもスティーブンスが愛おしくなり、

彼の幸せを祈るでしょう。

 

 

この本を読んだきっかけは、最近見た、「ハーフ・オブ・イット」というNetflix映画。

この映画の1シーン、主人公の女の子がクラス1の美女に恋するシーンで登場するのがこの本である。

 

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 (↑二人が持っているのがこの本)

「ハーフ・オブ・イット」のストーリーと照らし合わせると、この本を登場させた意味がよくわかる。こちらの映画も面白いのでオススメです。


 

映画版の「日の名残り」もNetflixにありますが、結構ストーリーに変更があるので、私は本を読むことを強くオススメします!(堅物なアンソニーホプキンスがかわいいけどね!)

 

 

次は同じ著者の「わたしを離さないで」を読んでみようと思います。(映画は見ました)